絹雲は生きている ~巻雲~

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ベール状の巻雲

 夏の代表的な雲形といえば積雲や巻雲ですが、今年の夏はもくもくと上空に延びる積乱雲や黒っぽい険悪な乱層雲などの雷雲に覆われることが多かったように思います。
 夏から秋への過渡期には全天迫力のある「うろこぐも」や「ひつじぐも」などの高積雲が、また「すじぐも」や「うすぐも」ともいわれる巻(層)雲の場合は青空に刷毛で描いたようなあるいは薄いべールのように拡がることがあります。
 日本海側で見られる筋状巻雲の多くは太平洋側の温暖前線のはるか前方の前線面上(12Km付近)にあり、このうねり方によっては80%以上の確率で翌々日までに雨となることから、この語源(シーラス)をとって、雨シラス雲ともいわれています。
 これらはかって絹雲とも言われていたのですが、公式にはいつのまにか巻雲という表記になっているようです。どうしてだろうと思い調べてみました。

 雲形の分類について、1803年イギリスのハワードの発表によると「Cirrus(巻雲)、Cumulus(積雲)、Stratus(層雲)の3雲形が基本となり、これらの中間的な4種の雲形を加えた7種類に分けられる」とした。その後さらに分類追加されて1894年スウェーデンの気象学者のもとに世界の雲の大家が集まって開かれた国際気象会議では10種類の基本雲形を定めた。しかしこれらの雲形は北欧に現れる雲形を基準としたもので温帯地方や熱帯地方の場合は異なっていたためさらに論議が続けられ、1956年に現在使われている10種類の基本雲形が定められた。(下表参照)

 ここで決められた国際的な表記をみると、雲形表記は基本形の「Cirrus」(巻き毛、羽毛状)、「Cumulus」(集積)、「Stratus」(層状)に「Nimbus」(光る雲、乱雲)といった雲形成時にみられる現象用語を単独にあるいは組み合わせたもので、これに「alto-」(高い)という接頭語と結びつけたりした合成語であることが分かります。
 これによると和名表示も英語の雲形用語(語源はラテン語)を日本語訳したものとなっているのが分かります。ここで巻雲はハワードが発表した3基本形のシーラス(cirrus)という用語を明治の初め頃日本語訳したといわれ、長年使われてきました。
 この国際標準となった10種雲形の中の巻雲(けんうん)について、文部省の定めた音訓表によるとこの表記は「かんうん」となるのでこれを使ってはならないというお達しがあり、1965年頃気象庁内部の合意がないまま「絹雲」に書き換えられたといういきさつがあったようです。
 しかし1988年漢字規制が緩和されるにともない再び「巻雲」が正式名として復活したようです。どうも巻雲(けんうん)というのは歴史的に定着した呼び名で未練があったようでそう簡単には捨て切れなかったともいわれていますが・・。
 もともとは「巻雲」というのはその他の雲形用語と同様に忠実に日本語訳したものとみるべきで、「かんうん」あるいは「まきぐも」という読みであれば問題がなかったのではないかと思うのですが、「けんうん」という読みにこだわったというのはどうしたことだろうか。
 察するところ「巻雲」はその生成高度が高く対流圏界面(tropopause)に達するほどの高い高度に出来ることからこの圏界の意味も兼ね備えた名称だったのかも知れない。
 元気象庁の新田次郎(当時測器課長)の随想(後記-雲-)にあるように、官署の中でもとりわけ長い歴史と伝統を大切にする機関が長年使い馴染んできた用語を変えるのは抵抗があったというのは当然といえるでしょうが、また別の見方をすると語訳当時、単に「巻」(かん)を「券」(けん)と見間違えたのかもしれないし、「かんうん」ではかって先陣たちが戦った「官軍」を思い出すし、かといって「絹雲」では誤訳になってしまう・・・・なんて議論があったのかもしれない。国際的慣例に従うのが通例ですが、伝統的・独立的な組織にはよくある先陣や上司のお上のお告げであってもこれだけは譲れないといった個人的なしがらみのせいだったのかもしれない。
 しかしその結果いまだに巷には巻雲と絹雲が併記混在し、絹雲も捨てがたいという意見もあるようです。
 私個人的な感想では「巻雲」は西欧人によく見られる巻き髪に見えることもあるかもしれないが、日本人のは黒い直髪でこれには馴染めないということもあるでしょうし、また多くは巻雲の定義にも使われているように薄い絹のように美しく拡がることから、色合いからいってもこれを連想するような「絹雲」とした方が「綿雲」や「入道雲」と同様に日本的で馴染みやすい。
 そんなわけで国際的表記では「巻雲」、俗称として「きぬ雲」というのはとうだろうか。そうすれば国内ではどちらを使っても特に問題視にされることはなく差別的な違和感もないのではと思う。


10種類の基本雲形(国際記号)          .
分 類日本名学 名国際記号代表的俗称
上層雲巻 雲
巻積雲
巻層雲
Cirrus
Cirrocumlus
Cirrostratus
Ci
Cc
Cs
すじぐも
うろこぐも・いわしぐも
うすぐも
中層雲高積雲
高層雲
乱層雲
Altocumlus
Altostratus
Nimbostratus
Ac
As
Ns
うろこぐも・ひつじぐも
おぼろぐも
あまぐも・ゆきぐも
下層雲層積雲
層 雲
積 雲
積乱雲
Stratocumlus
Stratus
Cumlus
Cumlonimbus
Sc
St
Cu
Cb
うねぐも
きりぐも
わたぐも
にゅうどうぐも・かみなりぐも
備考:積雲、積乱雲等の雲底は下層にあるが雲頂は中上層に達することがある。
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